夜の騎士のあれこれ噺

世の中にはあれ?これ?と思うことがいっぱい。

私にとって、ちょっとショックだったニュース!

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懐かしい「横浜ゴム本社ビル」

 私は18歳でタイヤメーカーの横浜ゴム(入社

当時は横浜護謨製造)に入社し退職まで42年間

をサラリーマンとして過ごしました。入社当時は

新橋5丁目に本社ビルを建築中でしたので、大手町

ビル内にあった仮(借りでもある)社屋で入社試験、

面接等を受けましたが、4月1日の入社式前に完成

し、新人研修は完成したばかりの9階のホールで

受けて以来、私の仕事のベースキャンプとして

過ごし、語りつくせないほどの想い出が詰まった

ビルです。

 

新橋から歩いて7~8分で日比谷通りに面しており、

業務はもちろんアフターフォアイブを楽しむにも

ことかかない立地で42年間を満喫した場所で

もあります。やはりお世話になった会社の業績は

気になるもので、昨日たまたま2020年

12月期の決算はどうなったんだろうかと思って、

検索してみたら、コロナ禍のなか堅実な売上・利益を

計上しておりヨシヨシと思ったところに、私に

とっては衝撃的なニュースが飛び込んできたのです。

 

なんと2月26日に「本社ビル」を売却し本社機能

を平塚製造所に.段階的に移管することを発表してた

のです、平塚製造所には「研究開発部門」や私が

所属していたタイヤ以外の工業用ゴム資材を扱う

事業部は、ある時期販売部を平塚に移し、本社機能

を平塚に置いていた期間もありますが、「本丸」

である本社ビルの売却を決断していたことには

驚きました。

 

本社ビルが完成した当時は高層ビル第1号の

霞が関ビル」もまだなかったので9階建ての

浜ゴムビルは、やはり完成したばかりの東京タワー

展望台からよく見え、さらに各階の外周に蛍光灯を

張り巡らし、今風に言えば「ライトアップ」して

いたので、当時かなり話題にもなりました。

 

数えてみれば浜ゴムビルも今年60歳!最新のいろ

いろな機能を備えたビルに比べ老朽化していたのは

確かでしょうから、今回の経営判断も時代の波と

思えばやむを得ないところですね。しかし出身

小中校が「廃校」になってしまった卒業生はきっと

こんな感情を味わったのだなと、私も思って

しまいました。

 

売却額と譲渡先は非公開だそうですが、リースバック

契約になっているので3~4年をかける移管期間の

間は使用できることになっているそうです。また

売却益の208億円は2021年1~3月決算に

計上するそうです。